対局日の朝、目が覚めると布団の中でまず起こる感情があります。
それは、対局するのが怖いという想い。
これは私の場合、何年棋士生活をやっていても変わらず起こる感情です。
前日まで相当な時間をかけて準備をしてきても、対局で負けると全てが無駄に終わるから起こる感情なのかもしれません。
実際は無駄ということはないのですが、それだけこの日に全てを懸けてきた表れでしょう。
ただ、もし負けた時には相当大きな虚脱感に襲われるので、その状況への防衛反応なのかもしれません。
しかし、やれることはやってきたので、もう前を向いて戦うしかありません。
気持ちを切り替えて、対局場の関西棋院に向かう準備をします。
こういった過去を振り返らずに行動できる思考は、囲碁を長年やってきた効用なのかなといつも思います。
囲碁は一度盤面に石を置いたら絶対に動かせませんから、現実を肯定して次の行動を考えるしかないですしね。
AIに棋士が負けた時には、棋士の職業がなくなるのではないかという悲壮感はあったものの、オレもAIと打ちたいと、全然違った受け止め方をした棋士が多かったのも、
囲碁の効用から得られた思考回路なのかなと感じました。
話を戻しましょう。
準備を整えて対局場に向かう電車の中では、詰碁をして頭を10時の時点でトップスピードにもっていけるようにします。
そして関西棋院に到着。
対局日は水曜日がほとんどで、毎週15局ほど実施されます。
30人の棋士が10時前には関西棋院の対局室に入ります。
年齢によって違いはあるかもしれませんが、多くの棋士は対局モードで朝からピリピリしています。
中には碁会所に遊びに来ているのかという気楽なテンションの棋士もいます(笑)
そういう棋士とは目を合わさず、会話もしないで済むようにサバキます。
あいさつはしますが、そういった空気が許されるのも対局日の昔からの空気感です。
全ては自分の戦闘モードを壊させないため。
そして5分前には自分の席について、碁盤を乾いた布で拭きながら対局モードを更に深めていきます。
最近は椅子席が増えたので、足がぶらんとして座るのですが、やはり正座の方が集中できるので、椅子の上で正座する棋士も多い感じです。
相手が着席したら時間前でも石を握って手番を決めます。
そして自分の手番の構想と、どんな碁にするかを練りながら開始のブザーを待ちます。
この時間が一番心地良く感じます。
これから、今までの成果を出す喜びをかみしめているのかもしれません。
(次回に続く)
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