2017年01月13日

関西棋院を創った方々

前回までシリーズとして、弟子入りすることからプロとアマの違いについて
お話ししてきました。

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師匠と弟子。
そして門下というまとまり。
これらが多く集まって、昭和25年の独立以来、関西棋院を支えてこられました。

今回は、関西棋院を創ってきた方々のお話です。
これと門下制度は、切っても切れない関係があります。




関西棋院は昭和25年に日本棋院から独立する形で創立しました。

このお話はまたの機会にしますが、その独立当時に皆を引っ張っていかれた方が橋本宇太郎先生です。

これは関西棋院ファンならご存知な方も多いかもしれませんね。

そして橋本宇太郎先生の門下生。
他には窪内秀知先生の門下生。
関山利一先生の門下生。
鯛中新先生の門下生。
他にも多くの門下があり、それらの集合体として、関西棋院が組織されています。

これは一度相関図を見た方が分かりやすいですかね(笑)
また、『わくわく囲碁の村』で過去の関西棋院の師弟関係相関図は作ってみましょうかね。
宿題ができました(笑)


話を戻しますが、これらの門下があることで、今の関西棋院や囲碁界があると思うと、尊敬と言いますか、感謝と言いますか、一言では言えない感慨深いものがあります。


そして、橋本宇太郎先生の師匠はご存知でしょうか?

この方こそ、今の囲碁界を本当の意味で作られた方だと思います。

その方の名は久保松勝喜代先生です。
私の説明よりもこちらを読まれた方が分かりやすいでしょう。

『久保松勝喜代』 ウィキペディアより



久保松先生の弟子は、橋本宇太郎九段や木谷実九段、窪内秀知九段、鯛中新九段、村島誼紀九段、前田陳爾九段など。
昭和の囲碁界を支えた弟子を、多く輩出した棋士を、弟子として育てられました。

西の橋本宇太郎先生や、東の木谷実先生は華やかな門下生としてご存知な方は多いのですが、久保松先生の存在こそもっとクローズアップされても良いのかなと感じています。


久保松先生の本は、下記が有名ですが、今では中々手に入りません。


ご興味のある方は是非探してみてください。


普段、私たちは当たり前のように現代の囲碁ライフを満喫していますが、このような方々が大変な想いで今の囲碁界を形作られたのだと思うと、言葉で言うと軽く感じますが、本当に感謝の気持ちしかありません。

我々としては、そういった昔の方を知ることで、少しでもその偉業を讃えることになるのではないかと思います。


posted by プロ棋士村長さん at 00:00| Comment(0) | 囲碁雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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